お店のこと ママさんのこと

emcafe MyStory

since 1974

オーナーである息子から見た

人が自然と集まる母親の物語

エムカフェがスタートしたのが1999年

それまでは母親はずっと好きなところで好きなように働いてましたが、

周りの後押しもあり、お店をオープンすることになりました。

 

オープンから20年以上が経ち、常連さんに支えられるこのお店の魅力は

人を自然と寄せ付けるその人柄と、多趣味で話好きな

行動力半端ない性格の母にあります。

 

エムカフェの魅力と母の魅力を知ってもらうには、

 

僕から見た母親の姿、小学生からの話を聞いてもらったほうが

より理解しやすいと思うので、

少し長いですが、最後まで読んでくれると嬉しいです。

 


 

1, 男3人兄弟を持つ母親の強さ〜小学生〜

 

2, 放任主義と興味がないの違い〜中学から高校〜

 

3, ここがエムカフェの起点〜大学生から社会人へ〜

 

4, エムカフェのオープン

 

5, そして今

 


男3人兄弟を持つ母親の強さ〜小学生〜

男3人兄弟って聞いたらみなさんどんな印象持ちますか?

子育てかなり大変だなぁって思いますよね。

 

もちろん母もそれに違わず大変だったみたいです。

小学生時なんてデパートに出かければ

一瞬で散っていく笑笑

 

その時母がとった行動は・・放っておく

正直それを統制していたら買い物なんてできるわけないって、

それは大人になってから聞きました。

 

それで思い出しましたが、

ひとつこんなエピソードがあります。

 

父の仕事関係でバーベキューを河原でやってたんですが、

結構な大人数だったんで、

その時は子供同士で遊んでるし、解放された時間だったんでしょうね。

 

ふと気づいたら両親がいない・・・・

普通に忘れて帰っちゃってました。

この辺も当時母はどちらかというと怖い存在だったんですが、

 

今となっては母らしいエピソードです笑

 

前置き長くなりましたが、

小学生の時って遊び盛りだし食べ盛りですよね。

しかも男3人なんで、ご飯はほぼ戦争です。

 

料理が好きだった母も作りがいがあったと思います。

 

その当時は当たり前に思ってましたが、

うちの冷蔵庫常に食材でパンパンに詰まってたんですよね〜

ほんと作ることは大好きだったみたいで、

食材がないと落ち着かないのか、もしくは無計画に買い込んでたか、

 

今の母を知れば、多分後者ですね笑

 

で、小学生の時で記憶にある母親の手料理といえば

「グラタン」でした。

 

他にももっとあるんだろうけど、

なんとなく一番記憶にあるのが「グラタン」ですね。

 

母は友人が多かったので、家を留守にする機会も多かったです。

これ今言うとそんなことないよ!って言われますが、

記憶は盛られるので毎日いなかったくらいのイメージです。

 

いない時には必ず作り置きしてくれてて

「あっためて食べる」ことも多かったので、記憶に残ってるのかも知れません。

 

 とにかく小学生時代からいろんなもの食べた気がします。

今の僕のグルメ好きも母の影響がとても大きいですね。

 

常に3人分の作り置きを用意するのも大変だったと思います。

とは言え、食べきれないくらいあったような気もしますが笑

料理に関してはまったく苦労を感じたことないって大人になってから聞きました。

 

反面。。。

掃除や洗い物、洗濯は苦手だったようです・・・

「放任主義」と「興味がない」の違い
〜中学から高校〜

中学生になってくると、一番下の弟でも高学年

子育てというにはだいぶ離れてくる世代です。

 

特に一番下の弟は上2人いるので、

安心して母も出かけられたんだと思います。

 

中学になると夕飯を食べる時間もバラバラになってきます。

それぞれに好き嫌いもあるし、食べたいものもある。

 

そんな中、母はひとりひとりに料理を作ってくれてました。

 

僕はオムライスがいい!

僕は魚がいい!

僕はハンバーグがいい!

 

それぞれに作ってくれたりしました。

料理することにはなんの苦もないって言葉通りです。

もちろんその後のキッチンはすごいことになってますけどね笑

 

高校生の時は、防犯のためと高校が近いということもあり、

おじいちゃんおばあちゃんと3人で暮らすことになりました。

と言っても車で10分くらいの距離ですが、

 

その時は母の料理とは離れる機会が多かったので

実はあまり記憶がないんですよね。

 

ただ、たまにお弁当が必要だったり、購買パンに飽きた時に

母は朝、おじいちゃんちまでお弁当を届けてくれたりしました。

 

「修一のお弁当は茶色い!」

「ほんとはもっと色味つけたいんだけど・・」

 

それをよく言われましたね笑

 

片道10分とは言え、

わざわざ作って持って来てくれてたこと、

 

当時高校生の僕は、

当たり前のように受け取ってたけど、

今思うと、ありがたい話です。

 

さて、

 

高校生になると親の心配は進学どうするか?ってなると思います。

うちは昔からそうでしたが、

やりたいことはやっていい、辞めたい時は辞めていい

 

そんな感じの教育方針でした。

 

僕は大学受験にあたり、

受験する大学を決めたら願書書いて送って、

宿は自分で取って段取りしてました。

 

で、母に「明日試験だから駅まで送ってって」

 

「あら、明日試験なんだね」

 

そういう親って珍しい気もしますが、

変に期待されたり、心配されたりするよりは気楽だったかもしれません。

下の二人にもそんな感じでした。

 

当時は興味がないのかな、とも思ってましたが、

大人になるにつれ僕も家族を持つようになり、なんとなく分かってきました。

 

ただの天然なんだな、って笑

 

小学生の時はほんと「怖い母親」

だったんですよ笑

ここがエムカフェの起点

〜大学生から社会人へ〜

僕は大学生活のため千葉でひとり暮らしすることになりました。

ほんとの意味での両親と離れた生活は初めてのことでした。

 

たぶん男だったらわかると思いますが、

この頃ってあんまり母との接点ってないんですよね。

わざわざ接点持つのも恥ずかしいし

 

ただ、最初の頃は僕もなんとなく

地元離れて寂しさもあり

 

長期休暇になると足利まで帰ってきてました。

その時は母の料理を味わう唯一の時間でしたね。

 

大学生後半だったかな?

ちょうど母があるパティシエのお店で

ランチの手伝いに行きはじめました。

 

オープンの時は近所にケーキ配ったり

ちょっとだけお手伝いしました。

めっちゃ暑かったの覚えてます。

 

ここでの時間はいいことも悪いこともあったかと思いますが、

 

エムカフェをスタートするにあたり

とても重要な期間だったと思います。

 

そこのレストラン?って言っていいのかな?笑

パティシエのお店なんでケーキも美味しかったですが、

パスタがとても美味しかったです。

 

ランチメニューを主に作ってたのが母でした。

そこでパートに来てた方達との新しい出会いや

友人が集まる憩いの場として、

母の店ではないけど、一番存在感あるのが母でした。

 

なんだったらこの時点で

母のお店と言っていいくらいだったかも笑

 

なんかこの辺になると母の手料理って

あんまり食べてない気がします。

 

強いて言えば、ここで食べるパスタが手料理?

そんな感じでしたね笑

 

 

僕は社会人になった時もたまに近くまで行くと

そのレストランでランチしたりもしてました。

 

周りから見たら仲のいい親子だったんですかね。

 

いつくらいだったかは忘れましたが、

社会人として働き始めるとだんだん仕事関係がメインになってきて、

 

気がついたら母はそのレストランを辞めることになってました。

その時はなんとなく、そうなんだ、

くらいの気持ちでしたが、

 

そこから程なく、

自宅改装して母が自らお店を始めることを知りました。

 

おじいちゃんおばあちゃん家の敷地内に

父がひとりで営んでる保険代理店事務所の隣

 

小さなお店です。

エムカフェオープン

ずっと付き合いのあるおばさま達や

ご近所のみなさま

 

多趣味な母の友人達や

今まで勤めてたレストランの時からの常連さんなど

 

オープンするに協力いただいた方達のおかげで

順調にスタートすることができました。

 

”母の友人の集まる場所”

 

そんなイメージのスタートですね。

 

自宅にいるような落ち着いた空間は

この時から変わらず続いてます。

 

今はもう亡くなってしまいましたが

柴犬の「みぃ」も

お客様をお出迎えする看板犬として

 

「今日のわんこ」

 

に紹介され、お店は常連だけでなく

たくさんのお客さんが来てくれてました。

 

余談ですが、この柴犬「みぃ」は

15年にわたって可愛がってきた愛犬。

 

1日も欠かさずお散歩に連れていき、

エムカフェも「みぃ」と共に歩んできました。

 

 

最期となった日の前夜

母の腕の中で遠吠えしてたそうです。

最後の力を振り絞って。

 

今でも心の中で生き続けてます。

 

 

少ししんみりした話になってしまいましたが、

そんな母の人柄に魅力を感じて

まったく宣伝していないこのお店は

 

クチコミだけで広がっていきました。

 

もちろん行列必須!大繁盛店!

と言うほどではないですが、

 

母が友人やお客さんたちと

楽しく過ごせるとても素敵な場所として

あり続けるいいお店ができたと思います。

 

この頃から始めたゴルフも

母の人柄と付き合いの良さも相まって

いろんな人から誘いが来ます。

 

多くのファンに愛される”エムカフェ”の

スタートでした。

そして今

今現在(2021年3月記事執筆)、

その当時の場所から「足利市堀込町」に

場所を移し、相変わらず常連の皆さんに支えられ

 

【エムカフェ】

 

は存在し続けます。

 

今は夜の営業も控えて

ランチ営業のみで続けています。

 

昔からのファンは

コクがありクセになる辛さで人気のカレー

注文から茹で上げる手作りソースのパスタ

熱々で味わい深いミニグラタンなど

 

変わらぬ味と母の人柄に惹かれ

足を運んできてくれてます。

 

今は休みも月曜火曜と

家事に趣味にプライベートも満喫し

(仕事も趣味の延長ですけど笑)

 

2020年年末年始は、

コロナの脅威もあったとは思いますが、

普通に1ヶ月近く休んでたりとか笑

 

羨ましいくらい自由な老後生活を過ごしてます。

あ、老後って言ったらめっちゃ嫌がるだろうな。

 

昔母は39歳を10年くらい続けてましたから笑

歳をとることが嫌だったんでしょうね。

 

 

大通りから一本入った目立たない場所に

ひっそりと佇む隠れたエムカフェ

そこは自宅にいるような感覚で

自宅では味わえない本格家庭料理を

楽しめる場所

母ももう70歳を超えました。

いつまで元気でいれるのか心配ですが、

 

ほんと周りの人たちには感謝しかありません。

人と人の繋がりでここまできました。

 

昔から料理をすることが大好きで

人と話すことが大好きで

ゴルフにパステルに趣味に没頭し

 

自由気ままに暮らす母の姿は、

小学生の時からずっと変わらず

 

僕もこの環境を守り続けていきたいとおもってます。

 

僕の中でひとつ気がかりなのは

この母の味を将来にわたって継いでいきたいということ。

 

母の友人達や昔から母の人柄や味を愛してくれてる方

20数年の間、エムカフェを中心とした

さまざまなドラマがありました。

 

その空間を守り続けていきたいと願ってます。

 

とはいえ、

サイボーグのような母ですから笑

あと10年は頑張るかもしれません。

 

 

僕はオーナーである前に

ひとりの息子です。

いつまでも元気な笑顔でお客さまを迎えられるよう

陰ながら支えていきます。

 

最後まで読んでくれてありがとうございました♬

ぜひ一度エムカフェのゆったりした雰囲気

覗きに来てみてください。

 

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